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浦和地方裁判所 昭和28年(行)8号 判決

原告 東京部品工業株式会社

被告 浦和税務署長

訴訟代理人 杉本良吉 外八名

主文

原告の訴はいずれもこれを却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、関東信越国税局長が原告に対し昭和二十八年九月二日付を以て為した原告の法人税等の滞納処分に対する審査請求却下の決定を取消す。被告が原告に対し昭和二十五年八月十一日別紙目録記載の物件について為した滞納処分は無効であることを確認する。(昭和二十九年七月六日付請求の趣旨訂正申立書に徴するとこれには本件滞納処分の対象としての物件が明記されていないけれども本件が原告に対し右日時に右物件につき為された行政処分としての滞納処分についての不服の訴であることは弁論の趣旨により明白であるから、右のように補正する。)訴訟費用は被告の負担とする旨の判決を求め、請求の原因として次の通り述べた。

原告会社は自転車用チエーン等の製造販売を営んで来たが、昭和二十五年六月五日株主総会の決議に因り解散し、同日矢部善夫が清算人に就任したので、その旨を同月二十一日被告に通知し且同月二十一日、二十三日、二十六日の三回にわたつて官報を以て公告した。ところで被告は原告より昭和二十五年度法人税九百四十九万二千六百二円、取引高税十五万七千百円、源泉徴収所得税六百五十一万円四千二百三十二円、計千六百十六万三千九百三十四円を徴収するためと称して昭和二十五年八月十一日別紙目録記載の物件を滞納処分として差押えた。

けれども国税を賦課徴収するには、先ず被告において課税標準、租税金額を更正又は決定して納税告知書を以て納税の告知をし、納期日に至り納付されないときは書面を以て督促する日より十日以上経過した納期限を指定して督促し、その期限迄に完納しない時始めて滞納処分ができるのであるが、右諸税については原告に対し如何なる更生又は決定の通知。納税告知及び督促手続も為されていないのである。即ち本件滞納処分はその前提となるべき賦課処分が不存在であつて被告の原告に対する租税債権は未だ具体的に確定せられていないのに確定しているものとして為された本件滞納処分は当然無効といわなければならない。

そこで原告は昭和二十八年八月五日被告に対し前記滞納処分について再調査の請求をしたところ、関東信越国税局長は右再調査の請求を国税徴収法第三十一条の三第三項第一号による審査の請求と看做して同年九月二日原告の右審査請求は期間経過後に為された不適法のものであるからこれを却下する旨の決定を為し、原告は該決定の通知書を同年九月四日受領した。しかし乍ら前述のように本件滞納処分はその実質において何等効力を有するものではないから、このような処分のあつたことを原告に通知しただけでは審査請求期間が進行する筈も無いのにその期間が経過したという理由で審査の請求を却下した決定は違法であることを免れない。

被告主張の事実中「東京部品工業株式会社代表者栗橋竹治」宛の更正決定通知書及び納税告知書が、東出寅吉方に送達せられたことは認めるが、原告会社の創立以来昭和二十五年五月十日迄は栗橋竹治、翌十一日以降同年六月五日迄は東出寅吉が各代表取締役として在任し、翌六日以降は前述の通り既に原告会社は解散して矢部善夫が清算人に就任しているのであるから、原告に対する賦課処分は当時の会社代表者である清算人矢部善夫を名宛人とすべきであり、又かかる書類の送達は国税徴収法第四条の九、同施行規則第十条により名宛人の住所又は居所に使丁或は郵便によつて現実に書類を送り届けて為さなければならないことが明らかである。それにもかかわらず前記賦課処分はかかる手続を履践していないから当然無効であると述べた。〈立証 省略〉

被告代理人は、請求の趣旨第一項については訴を却下する。同第二項については請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする旨の判決を求め、第一項の審査決定の取消を求める訴は処分庁である関東信越国税局長を被告とすべきであるから浦和税務署長を被告とする右訴は不適法である。

第二項の滞納処分の無効確認を求める訴に対する答弁として原告主張の事実中原告会社は自転車チエーンの製造販売業を営んで来たが昭和二十五年六月五日解散し同日矢部善夫が清算人に就任した旨の官報による公告があつたこと。昭和二十五年八月十一日浦和税務署長が原告主張の滞納税金徴収のため別紙目録記載の物件を差押えたこと原告が被告に対して昭和二十八年八月五日右滞納処分につき再調査の請求を為し同年九月二日関東信越国税局長は右調査請求を審査の請求と看做し原告に対し同審査請求却下の決定を為し、該却下決定の通知書が原告主張日時に原告に到達したことはいずれもこれを認めるがその余の事実は争う。

被告は原告に右諸税につき、昭和二十五年六月二十八日付で更正決定をなし、右更正決定通知書並びに納税告知書を同月三十日に解散当時迄原告会社の代表取締役であつた東出寅吉方に持参したところ、同人は異議なくこれを受領し、同年七日下旬右交書を現在の清算人矢部善夫に交付したものである。而して右文書の名宛人は原告会社の代表者の表示としては、清算人矢部善夫でなく前社長栗橋竹治になつているが、右文書の記載自体から原告会社の代表者に対して原告の法人税等についての処分を通知するにあることは明らかであるから、その代表者名義の誤記の如きはその書面の効力に何等影響なく、又当時東出寅吉が原告会社の代表者ではなく従つて同人において右各書面を受領する権限がなかつたにしても前述の通り右各書面は結局受領権限ある代表者矢部善夫の手に渡つている以上更生決定並びに納税告知は原告会社に適法に通知されたものといわなければならない。

次いで同年八月二日督促状を送達したところ指定納期限である同月七日迄に納入がなかつたので、同月十一日原告主張の物件を差押えるに至つたのである。同督促状により指定すべき納期限は昭和二十五年当時の法律では督促状発送日より十日以上の期間経過を要しなかつたのであると述べた。〈立証 省略〉

理由

被告が原告に対し昭和二十五年八月十一日、昭和二十五年度法人税九百四十九万二千六百二円、取引高税十五万七千百円、源泉徴収所得税六百五十一万四千二百三十二円、計千六百十六万三千九百三十四円の滞納処分として別紙目録記載の物件を差押えたこと原告が被告に対し昭和二十八年八月五日右滞納処分について再調査の請求を為し、関東信越国税局長が右調査請求を審査の請求と看做し同年九月二日原告の右審査請求は期間経過後に為された不適法のものであることを理由にこれを却下し、原告が右却下決定の通知書を同年九月四日受領したことはいずれも当事者間に争いがない。

而して原告は請求の趣旨第一項において行政処分としての右審査決定を違法のものとしてその取消を求めているのであるが、このような訴は行政事件訴訟特例法第三条により処分庁である関東信越国税局長を被告とすべきであるのに拘わらず本件では浦和税務署長を被告として訴を提起しその後被告を右のように是正変更する手続を採らないから右訴は不適法であることを免れない。

次いで請求の趣旨第二項について審究する。原告は本件差押物件が何人の所有に属するかは究局においてこれを明らかに主張しないのであるが、当初原告は昭和二十五年六月五日訴外合資会社太陽チエーン製作所に右物件を譲渡し、既にその引渡を完了しているからその所有権は右会社に移転している旨陳述しながら、その後の期日における裁判所の釈明に対しては、右陳述を飜し原告が依然として右物件を所有する旨を主張し、更に再転して原告が右物件を所有することはこれを積極的に主張しない旨の陳述に変つて来ているのである。このような弁論の経過を総合して考察すると本件物件は差押当時原告の所有に属していなかつたことが窺われるのである。

而して、滞納処分は租税債権の満足のため滞納者の特定の財産を差押えた公売によつてその売得金から滞納税金を強制徴収することを目的とする行政処分であるから、その処分は滞納者の所有財産に限り許されるべきであることは当然であるが、本件滞納処分については前述のように原告は自己の所有財産を差押えられたとは主張しないのであるから仮令被告が原告に対しその租税債権の徴収のために第三者の所有財産につき差押を為したとしても特別の事由のない限り物件について具体的な利害関係を有しない原告としては何等その権利を害せられるわけはない。従つて右特別の事由を主張しない原告としては自己に対する租税債権の存否に拘らず本件滞納処分につきその無効なことの確認を訴求する法律上の利益を欠くものであるから、原告は右訴につき当事者適格を有せず右訴はその内容の当否について審査するまでもなく不適法であることが明らかである。よつて原告の本件訴はいずれもこれを却下すべきものとし訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 大中俊夫 大内恒夫 宮田静江)

物件目録〈省略〉

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